婚姻費用を払わない配偶者の財産を差し押さえる手続きとは?
夫婦が離婚の話し合いをする段階になると、普段の生活で顔を合わせるのが苦痛になることから、離婚前に別居をする方も少なくありません。
離婚前の夫婦が別居をする場合には、収入の少ない方は多い方に対して「婚姻費用」というお金を請求することができます。
別居時の話し合いや調停・審判で婚姻費用の金額などを取り決めることになりますが、残念ながらきちんと取り決めをしたにもかかわらず婚姻費用を支払ってくれない方もいます。
婚姻費用は、自分や子どもが生活をしていくために必要不可欠なお金ですので、決められた金額が支払われないととても困ってしまいます。このような場合にはどのように対処したら良いのでしょうか。
今回は、婚姻費用を支払わない相手の財産を差し押さえる方法について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説します。
1、婚姻費用を支払ってもらうには? 法的手続き3つ
別居時に取り決めた婚姻費用の支払いがなされないという場合には、以下のような法的手続きをとることができます。
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(1)履行勧告
履行勧告とは、相手方が家庭裁判所の調停や審判で取り決めた内容を守らない場合に、申し出により、家庭裁判所が相手方に対して義務を履行するように説得したり、勧告したりする制度のことをいいます。
別居中の配偶者が婚姻費用の支払いをしてくれない場合には、履行勧告の手続きを利用することによって、滞納者である配偶者に対して、家庭裁判所から支払いを催促してもらうことが可能です。第三者から支払いの催促がなされることによって、配偶者から任意に婚姻費用を支払ってもらえることが期待できます。
ただし、履行勧告を利用するためには、当事者間での婚姻費用の取り決めでは足りず、家庭裁判所の調停または審判で取り決めがなされていることが必要です。 -
(2)履行命令
履行命令とは、家庭裁判所が金銭債務の支払いを怠っている相手方に対して、相当期間を定めて金銭の支払いを命じる手続きです。履行勧告とは異なり、履行命令は、相手方が正当な理由なく履行命令に従わなかった場合には、10万円以下の過料の支払いが命じられることがあります。そのため、履行勧告よりも相手方からの支払いが期待できる手続きといえるでしょう。
なお、履行命令の手続きを利用する場合にも履行勧告と同様に家庭裁判所の調停または審判によって婚姻費用の取り決めがなされていることが必要です。 -
(3)強制執行
強制執行とは、債務者に債務の不履行がある場合に、債権者の申し立てによって、債権者の請求権を裁判所が強制的に実現してくれる手続きをいいます。強制執行の手続きには、債務者の財産を差し押さえて強制的に債権の回収を行う「直接強制」の手続きと、間接強制金を課すことによって自発的な支払いを促す「間接強制」の手続きがあります。
2、「強制執行」の執行方法
婚姻費用の支払いがなされない場合には、強制執行という手続きによって未払いの婚姻費用を回収することができます。強制執行には、「直接強制」と「間接強制」という2つの方法がありますので、以下ではそれぞれについて説明します。
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(1)直接強制
直接強制とは、債務者の意思に関わらず、裁判所が強制的に債権の内容を実現する方法をいいます。婚姻費用の未払いがあった場合には、直接強制の方法をとることによって、債務者の給料や預貯金などを差し押さえるなどして、そこから強制的に未払いの婚姻費用を回収することが可能です。
未払いの婚姻費用に関して、直接強制の方法によって強制執行をするためには、裁判所に以下の書類を提出して、強制執行の申し立てを行います。
① 債務名義
債務名義とは、債権者が債務者に対して有している債権の存在と範囲を公的に証明した文書のことをいいます。債務名義に該当する文書としては、以下のものが挙げられます。- 判決正本
- 和解調書正本
- 公正証書(執行証書)正本
- 家事調停調書正本
- 家事審判書正本
なお、当事者間で婚姻費用の支払いについて取り決めをした合意書については、債務名義には該当しません。そのため、執行認諾文言付きの公正証書(執行証書)を作成するか、調停または審判を申し立てて債務名義を取得する必要があります。
② 債務名義の送達証明書
送達証明書とは、債務名義が債務者に送達されたことを証明する文書です。送達証明書は、債務名義を作成したところで発行しますので、判決正本、和解調書正本、調停調書正本、審判書正本の場合には裁判所に、公正証書正本の場合には公証役場に発行を申請します。
③ 執行文
債務名義が以下のものである場合には、債務名義に執行文の付与を受ける必要があります。- 判決正本
- 和解調書正本
- 公正証書(執行証書)正本
なお、家事調停調書正本で婚姻費用以外に慰謝料や解決金の支払いも求める場合には、執行文が必要になります。
④ その他の書類
婚姻費用が審判によって定められている場合には、確定証明書が必要です。
債務者が債務名義に記載されている住所から転居している場合には、債務名義に記載されている住所と現在の住所とのつながりを証明するために住民票が必要になります。
また、債務者の給料を差し押さえる場合で、債務者の勤務先が法人であるときには、法人の資格証明書(登記事項証明書または代表者事項証明書)が必要です。 -
(2)間接強制
間接強制とは、債務の履行をしない債務者に対して、一定期間を定めて履行を命じ、その期間内に履行がなされない場合には、間接強制金という制裁金を科すことによって、債務者の自発的な支払いを促す方法をいいます。
間接強制は、主に面会交流などの金銭の支払いを目的としない債権で利用される手段であり、金銭の支払いを目的とする債権については間接強制の方法をとることはできません。しかし、養育費や婚姻費用といった扶養に関する権利については、例外的に間接強制の方法をとることが認められています。
未払いの婚姻費用に関して、間接強制の方法によって強制執行をするためには、裁判所に以下の書類を提出して、強制執行の申し立てを行います。
- 債務名義
- 債務名義の送達証明書
- 執行文
- その他の書類(住民票など)
3、強制執行で差し押さえができるもの
直接強制の方法によって強制執行をする場合には、債務者の有する以下の財産を差し押さえることが可能です。
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(1)債権
婚姻費用の未払いがあった場合に行う強制執行としては、債権を対象とする債権執行をするのが一般的です。
差し押さえの対象となる代表的な債権としては、以下のものが挙げられます。
① 給料
婚姻費用の支払い義務者が会社に勤務している場合、会社から義務者に支払われる給料は、差し押さえの対象となる債権に該当します。給料を差し押さえることによって、義務者からではなく、義務者の勤務先から直接未払いの婚姻費用や養育費を支払ってもらうことが可能です。
また、将来の婚姻費用についても差し押さえができ、一度差し押さえをすることによって、婚姻費用の終期まで安定して支払いを受けることができます。養育費についても同様です。
ただし、給料の差し押さえについては、法律上上限が定められています。具体的には、差し押さえることができる範囲は、給料の手取り額の2分の1まで、または手取り額が66万円を超える場合には手取り額から33万円を差し引いた金額までとなっています。
また、義務者がその会社を辞めてしまうと、それ以後は給与債権が発生しませんので、それ以上は回収できなくなります。
② 預貯金
婚姻費用の支払い義務者が金融機関に預貯金口座を有している場合には、金融機関に預けている預貯金についても差し押さえの対象となる債権に該当します。
預貯金の差し押さえの場合には、給料のような差し押さえをすることができる範囲に関する上限は存在しませんが、差し押さえ時点で存在する預貯金のみが対象となります。また、将来の婚姻費用については差し押さえをすることはできません。 -
(2)不動産
婚姻費用の支払い義務者が土地や建物といった不動産を所有している場合には、不動産についても差し押さえの対象となります。差し押さえをした不動産については、競売手続きが行われ、競売代金のなかから未払いの婚姻費用の支払いを受けることが可能です。
ただし、義務者の自宅などは、銀行から借り入れた住宅ローンの抵当権が設定されているのが一般的ですので、その場合には、銀行の抵当権が優先されるため、住宅ローンの残高次第では回収金額が非常に少なくなってしまう可能性があります。また、債権に対する強制執行に比べて時間と費用がかかりますので、滞納額が少額である場合には、差し押さえの対象としては適していないといえるでしょう。 -
(3)動産
婚姻費用の支払い義務者が、高価な家財、貴金属、高級時計などを所有している場合には、当該動産についても差し押さえの対象となります。差し押さえた動産は、売却期日に専門業者に売却し、その売却益から未払いの婚姻費用の回収を行います。
ただし、動産については、法律上、差押禁止とされているものが多くありますので、動産の強制執行によって債権を回収することは難しいことが多いです。しかし、動産の強制執行の場合には、裁判所の執行官が債務者の自宅に立ち入ることになりますので、債務者による任意の弁済を促す効果が期待できる場合もあります。
なお、差し押さえが禁止されている動産は、以下のとおりです。
- 債務者の生活に欠かせない衣服、寝具、家具
- 66万円までの現金
- 債務者の職業に欠かせない器具など
- 債務者の1か月の生活に必要な食料、燃料
4、相手の財産状況がわからない場合の対処法
強制執行をするためには、申し立てをする債権者において債務者の財産を特定して行わなければなりません。そのため、債務者の財産がわからないという場合には、以下のような対処を検討する必要があります。
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(1)預貯金口座の情報がわからない場合
債務者の預貯金を差し押さえる場合には、金融機関名と支店名を特定して行う必要があります。そのため、どの金融機関に口座を持っているかがわからない、金融機関はわかっても支店名まではわからないという場合には、預貯金を差し押さえることができません。
しかし、民事執行法の第三者からの情報取得制度を利用することによって、債務者の有する金融機関および支店を把握することが可能です。これは、令和2年4月1日の民事執行法の改正によって新たに導入された制度であり、これまで債務者の財産を把握することができずに泣き寝入りしていた方もこの制度を利用することによって、債権の回収ができる可能性があります。
また、弁護士会照会という弁護士に依頼した場合に限って利用することができる特別な照会方法によって債務者の財産を明らかにすることも可能です。
債務者の財産調査は、婚姻費用の差し押さえにあたって重要な手続きになりますので、適切に行うためにも弁護士に依頼をして行うことをおすすめします。 -
(2)相手の勤務先の協力が得られない場合
給料の差し押さえをした場合には、相手の勤務先から直接支払いを受けることになります。しかし、相手の勤務先が相手をかばっているなどの理由で、差し押さえをしたにもかかわらず、支払いに応じてくれないというケースもあります。
この場合には、相手の勤務先を相手方として取立訴訟を提起する必要があります。取立訴訟によって判決が確定した場合には、勤務先の財産を差し押さえることによって未払いの婚姻費用を回収することが可能になります。
個人よりも会社の方が差し押さえることができる財産が豊富にある場合が多いですから、支払いを受けられない可能性は小さくなります。
5、まとめ
婚姻費用が支払われない場合には、最終的には強制執行の手続きによって未払いの婚姻費用を回収することが可能です。離婚をお考えの方は、婚姻費用の問題だけでなく、親権、養育費、財産分与、慰謝料などさまざまな問題もありますので、離婚に関する問題は、専門家である弁護士に相談をすることをおすすめします。
離婚でお悩みの方は、ベリーベスト法律事務所までお気軽にご相談ください。
- 所在地
- 〒106-0032 港区六本木一丁目8番7号 MFPR六本木麻布台ビル11階 (東京オフィス)
- 設立
- 2010年12月16日
- 連絡先
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[代表電話]03-6234-1585
[ご相談窓口]0120-663-031※代表電話からは法律相談の受付は行っておりません。ご相談窓口よりお問い合わせください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。
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