妻と離婚する際、慰謝料の話が出るケースは少なくありません。離婚を視野に入れていなくても、様々なトラブルにより、慰謝料の話題となることもあります。
支払うかどうか、支払うとして額をどうするか等厳しい交渉となり、精神的に消耗する方も多くいらっしゃいます。
そこで今回は、離婚する際の男性側からの慰謝料請求について解説します。
慰謝料請求の基本知識
慰謝料とはなにか
離婚にまつわる慰謝料請求というと、女性だけができると考えている方も多いようです。しかし、もちろん男性も慰謝料請求ができる可能性があります。
そもそも慰謝料とは、生命や身体を傷付けられたり、自由や名誉を損なわれたりしたときに生じる損害と相手方の行為との間に因果関係がある場合に請求権が発生します。
損害が生じていない場合や、行為との間に因果関係がない場合は認められません。よって、理由なく請求できるものではなく、請求されても自分に非がなければ、支払う必要はありません。
離婚に伴う慰謝料を請求することは、男女問わず可能です。ただし、原因が何であれ、裁判で慰謝料を請求し、それが認められるためには、証拠が必要となる点に注意してください。
また、慰謝料は基本的に金銭で支払われます。
離婚のとき慰謝料請求ができる条件
理由なく慰謝料請求できないことは、前項でお伝えしました。
慰謝料請求の根拠は、以下の条文で定められています。
第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
離婚にまつわる慰謝料請求においても、第709条が根拠となります。
では具体的に、離婚のシーンにおいては、どのようなケースで慰謝料請求ができ、また、裁判所で認められているのかをご紹介します。
浮気をしていたとき
離婚に伴う慰謝料請求として、もっともメジャーなのが「浮気」を原因としたものです。
「浮気」は、法律上「不貞行為」と呼びます。不貞行為があった場合、婚姻共同生活の維持という権利または法的保護に値する利益が害され、精神的な苦痛を受けたことについて慰謝料請求が可能です。
なお、「不貞行為」とは、「配偶者のある者が自由な意思に基づいて配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと」です。よって、ふたりきりで会っていた、手をつないでいた、SNSでやり取りをしていたということでは、「不貞行為」に当てはまりません。しかしながら、これらにより身体的接触があるという印象を与えた場合や、身体的接触があると推認される場合は慰謝料請求が認められる余地があります。
夫婦間の暴力行為や暴言があったとき
夫婦間であろうと、肉体的な暴力は許されるものではなく、慰謝料請求の対象です。
また、物理的に暴力を振るわなくても、精神的に追い詰めるような暴言を吐き続けたり、脅迫したり、相手の良心をとがめさせるような言動を行う(一般的に「モラハラ」と呼ばれるものです)ことも、慰謝料請求の対象となる場合があります。
夫婦間で発生する身体的な暴力は、現在「ドメスティック・バイオレンス(DV)」と呼ばれ、浸透しつつあります。一昔前は、警察に駆け込んでも相手にされなかったことが多く、諦める人もいたようですが、現在は違います。命の危険を感じる前に証拠を集めておき、一刻も早く離れましょう。
家庭の維持に協力していなかったとき
民法752条では以下のとおり、家庭を互いに協力して作り上げることを定めています。
第752条
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。
つまり、結婚した時点で、夫婦は同居し、生活の上でも協力し合い、経済的にも助け合わなければならないというわけです。正当な理由なくこれらを守らない場合、「悪意の遺棄」として、離婚原因となります(民法770条)。
「悪意の遺棄」に当てはまる可能性があるケースは、次のようなものとなります。
- 収入があるのに生活費を一切渡さない
- 正当な理由なく、勝手に別居を始める
その他
婚姻は夫婦ふたりが協力し合って継続させるものです。しかし、どうしても互いの意見が合わず、離婚に至ることは多々あります。それだけであれば、違法性はないため、慰謝料は請求できないのですが、次のようなケースでは、具体的事案によっては慰謝料の請求が認められる場合があります。
- 特別な理由なく性的交渉を拒否する(セックスレス)
- 性的異常
- 義実家など親族からの虐待を無視する、助長させる
- 理由なく働かない、専業で家事を担う立場なのに家事をしない
- アルコールやギャンブル中毒 など
慰謝料を払うのは誰か
「慰謝料とはなにか」で説明したとおり、慰謝料とは、離婚の原因となる行為をした者が被害を訴えた人へ支払うものです。
つまり、離婚を切り出した方がどちらであろうと、相手に精神的・肉体的に危害を加えたほうが支払うことになります。たとえば妻が不貞行為をしていたとしたら、妻が慰謝料を支払うということです。ここに、男女の差も、夫か妻か、専業主婦(夫)か否かの差はありません。
なお、離婚原因を作った配偶者のことを、法学上「有責配偶者」と呼びます。
慰謝料請求の時効
慰謝料の請求権ができる期間は法律で定められており、これを過ぎると、権利が消滅してしまいます。これは「消滅時効」と呼ばれるものです。
民法709条に基づく慰謝料請求の場合、「被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき」又は「不法行為の時から二十年間行使しないとき」に時効により消滅すると規定されています(民法724条)。
いずれか短い方が過ぎると、慰謝料請求の権利が失われます。
つまり、不貞行為に気づかないまま時間が経過し、20年経過した場合は、慰謝料請求権は時効により消滅します。
また、不貞行為に気づきながら婚姻を継続していた場合、行為時から3年で配偶者に対する不貞行為による精神的苦痛についての慰謝料請求権は消滅します。
また、離婚自体を損害とする慰謝料請求の時効は、離婚後3年となります。離婚後、落ち着いてから慰謝料を請求したいと考えても、離婚から3年経過してしまうと請求自体ができなくなります。
慰謝料請求を考えている場合は、なるべく早く動きましょう。
なお、請求した相手が主張しない限り、時効によって消滅することはありません。したがって請求すること自体は妨げられません。
消滅時効の完成時期は、慰謝料請求の構成により変動しますので、弁護士にご相談されるのをおすすめします。
受け取った慰謝料に税金はかからない
精神的損害の補てんという性質がある慰謝料には、基本的に税金はかかりません(所得税法9条1項17号、同施行令30条)。
ただし、慰謝料が高額の場合や、慰謝料をお金ではなく不動産や株券などで受け取る、支払う場合においては、手数料や税金がかかることがあるため、事前に税理士にご相談ください。
慰謝料の相場・算定方法
離婚に伴う慰謝料は、「どれだけ精神的な負担となったか」が金額の算定基準となります。そのため、相場があってないようなものであるということが大前提となります。
精神的苦痛は目に見えないため、明確な基準を示すことは難しいものです。しかし、裁判などにおいてはある程度の基準を設けなければ一般的な判断はできません。そのため、裁判所は、以下の要素を総合的に考慮したうえで、慰謝料の金額を計算しているといわれています。
慰謝料額が上がる要素
- 婚姻期間が長い
- 不法行為があるまで夫婦関係は円満だった
- 不貞行為など不法行為をしていた期間が長い
- 不貞行為やDVなど不法行為をした回数が多い
- 子どもがいる
- 不法行為の主導者が有責配偶者
慰謝料額が減る要素
- 婚姻期間が短い
- 不法行為がある前から夫婦関係は不穏だった
- 不倫など不法行為をしていた期間が短い
- 不法行為をした回数が少ない
- 子どもがいない
- 不貞の相手方が不法行為を主導
たとえば、不貞を理由とした慰謝料請求では、離婚する場合は100万から300万円、離婚しない場合は数十万から100万円の範囲の中で判断がなされることが多いです。慰謝料額に幅があるのは、上記の事情などを総合的に考慮して、判断しているためです。
また、当事者間の話し合いや調停、裁判上の和解では、支払う側の支払い能力によっては、一般的な額より低額としたり、分割での支払いで合意する場合も多くあります。
どのように決定すべきかわからない、慰謝料を請求したいが話し合いが難しい状況にあるときは、弁護士に相談してください。状況に適したアドバイスを行うだけでなく、あなたの代理人となり、慰謝料請求を行うこと、慰謝料請求について抗戦することをお手伝いします。
慰謝料請求を行う際の手順
誰に慰謝料を請求するのか決める
離婚に伴う慰謝料請求のケースでは、有責配偶者だけにしか請求できないと考える方も少なくありません。しかし、慰謝料請求は、その根拠があれば第三者に対してでも行うことができます。
まずは、どのように、誰に対して慰謝料請求するかを決める必要があるのです。
離婚原因を作った配偶者に対して慰謝料を請求する場合
離婚するにあたって、まずは離婚の原因を作った配偶者に対して慰謝料を請求することを検討するでしょう。具体的に言えば、DVや不貞行為(浮気や不倫)をした本人に対して、離婚を決意した被害者側が慰謝料を請求するケースが多くあります。
配偶者に対する慰謝料請求を検討する際は、まず、相手の行為が前述した慰謝料請求が認められる理由に当てはまるかどうかを検討します。そのうえで、相手が有責配偶者であることを示す客観的な証拠を集めておく必要があります。
話し合いで結論を出す協議離婚や調停の場合は、証拠がなくとも双方が納得しさえすれば慰謝料支払いの合意ができる可能性はあります。しかし、裁判となった場合、裁判所が慰謝料請求について判断するにあたっては、証拠が欠かせません。
証拠がなければ慰謝料請求は認められない可能性が高いといえます。したがって、慰謝料請求を検討するのであれば、まずは客観的な証拠をしっかり集めておくことが非常に重要なポイントとなります。
配偶者以外へ慰謝料請求をする場合
離婚原因を作った第三者がいる場合には、その第三者に対して離婚をしたこと自体を損害とする慰謝料請求が認められる可能性があります。
代表的な例で言えば、配偶者の不貞行為(浮気・不倫)により離婚することになった場合は、不貞行為の相手に対する請求が認められることがあります。そのほかにも、例えば、配偶者の親が嫌がらせをし、それが原因となって離婚した場合は、配偶者の親への慰謝料請求が認められる可能性があります。
ただし、近年、第三者による行為によって離婚を余儀なくされたとして、離婚したことによる慰謝料を第三者に請求することを限定的に考える判断がなされています(最判平成31年2月19日判タ1461号30頁)。この判断の中で最高裁は、不貞行為の相手方である第三者が、単に夫婦の一方との間で不貞行為を行うにとどまらず、夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして離婚がやむない状態にしたと評価すべき特段の事情がない限り、その第三者に対して離婚したことについての慰謝料を請求できないとしています。
したがって、今後、離婚したことについて第三者に対して慰謝料の請求が認められる可能性は低くなる可能性があります。
なお、不貞行為があった場合に、不貞行為自体による精神的苦痛についての慰謝料請求は、証拠がある限り認められる可能性が高いです。金額は変わりますが、あきらめずにまずは弁護士にご相談ください。
不貞行為に対する慰謝料の考え方
離婚はさておき、不貞行為が原因で精神的損害を受けたというケースでは、不貞行為の相手方(いわゆる浮気相手)にも慰謝料を請求することが可能です。不貞行為は配偶者と相手が共同して行ったものであるためです。
ただしこの場合、共同で行為をしているため、その責任も共同で追うことになります。したがって、トータルで100万円の慰謝料を認められるケースであれば、ふたり合わせて100万円であり、倍の金額を受け取れるわけではありませんので、ご注意ください。また、不貞行為があっても離婚をしないという選択をした場合も、不貞行為による精神的苦痛についての慰謝料請求は可能です。ただし、離婚という大きなダメージを負っているわけではないことから、受け取れる慰謝料額は、離婚することになったケースに比べて低額になります。
配偶者ではなくても慰謝料請求は可能か
不貞行為などを原因に両親が離婚してしまった、という事態は、その子どもにとっても平穏な生活を壊されたという精神的苦痛が伴う出来事であることは間違いありません。しかし、だからといって、不貞行為された配偶者ではなく子どもが慰謝料請求をすることは、特段の事情がない限り認められないケースがほとんどです。なぜなら、たとえ配偶者に対して不貞行為などの不法行為をしたとしても、それが直ちに子どもへの愛情や親子関係が失われるという結果になるとはいえないためです。また、慰謝料請求をあきらめた配偶者の代わりに子どもが慰謝料請求をすることもできません。
しかし、養育費については子ども本人から請求することが可能です。養育費については子どもが当事者となるためです。もし、離婚後養育費が支払われないことにより学費などの支払いが難しくなったときなどは、請求することをおすすめします。
相手に請求して話し合う
慰謝料請求を行う場合、まずは双方で話し合うことになります。
直接話し合いができない場合や、時効の完成が近い場合には、内容証明郵便を利用して、相手に請求することもあります。
金銭のことなので、言った言わないとこじれないためにも、話を録音し、第三者に立ち会ってもらうことをおすすめします。可能であれば、弁護士に相談して立ち会ってもらうことができれば、不利な条件を提示されたときにも対抗できるため、安心できるでしょう。
また、スムーズに話し合いがまとまったときは、口約束で終わらせず、必ず合意書を作成してください。可能な限り、強制執行認諾約款付公正証書にしましょう。これにしておけば、約束を反故にされたときに強制執行への移行がスムーズになります。強制執行認諾約款付公正証書は、公証役場で作成できます。
配偶者(元配偶者)から慰謝料請求をされたとき、減額を目指す方法
まずは冷静に内容確認
突然、慰謝料請求を直接告げられたり、内容証明郵便が届いたりしたら、誰でも驚くことでしょう。しかし、ここはひとまず冷静になって、なぜ慰謝料請求をされたのかを確認しましょう。
身に覚えがない場合ではもちろん、ある場合においても、パニックになり慌てて行動してしまうと、のちのち後悔する結果を導きかねません。まずは請求内容を読み、確認し、冷静に対処法を考えましょう。相手に連絡する前に弁護士に相談されるのもよいでしょう。
慰謝料請求されるいわれがない場合
請求内容に身に覚えが全くない場合、してはいけないことが2つあります。
それは、「キレて怒鳴りこむこと」「仕方がないと合意すること」です。
いくら腹が立っても、冷静に対処しましょう。相手の思うつぼとなる可能性があり、よい結果にはつながりません。
また、責められ続けるのがつらくなり、合意してしまうケースもあるようです。しかし、一度、有責であったことを肯定してしまうと、あとで不利になってしまう可能性もあります。身に覚えがないのであれば、徹底的に有責ではないことを主張し続けてください。
また、請求自体を無視するという人もいるかもしれません。しかし、離婚が絡んでいる話であれば、無視しきれない可能性が高いです。
もし身に覚えがない場合は、まずは、請求内容に書かれた原因が自分にはないことを証明する証拠を粛々と集めておくとよいでしょう。万が一のとき、必ず役に立ちます。
そのまま、相手が誤りに気づいて沈静化することもありますが、そうでない場合は、1人で対抗するのは大変な労力がかかります。こじれそうなときは、慰謝料請求に関する書類と、あなた自身が集めた証拠と共に、弁護士に相談しましょう。
身に覚えがあるときにすべきこと
提示された条件を飲むのは後日にしましょう。条件をしっかり確認して、以下について準備してから交渉に臨むことをおすすめします。
- 慰謝料の相場を調べる
- 減額交渉をする余地がないか確認する
- 相手が、あなたが有責である証拠を持っているかどうかを確認
- 相手にも落ち度がある場合は、相手の有責部分の証拠を集める
また、相手の主張はもっともだと思っても、実際にお金がない場合は、資産がないことを主張することで、減額できることも多々あります。もし、相手が離婚を希望していて、自分自身も離婚しても構わない場合は、夫婦関係がすでに破たんしていた証拠も集めておきましょう。これらの準備は、すべて慰謝料の減額交渉を行う際、有力な切り札となるでしょう。
実際の交渉は、可能な限り書面か、あなたが依頼した弁護士を介して行ってください。相手はすでに一定以上の決意を持って行動していると考えてよいでしょう。思わぬ発言で足をすくわれないためにも、細心の注意を払うことが減額交渉のポイントとなります。
準備すべきものがわからないときや、1人での交渉に不安があるとき、また、相手が弁護士を立てている場合は、あなたも弁護士に相談することをおすすめします。